顎を掴んで唇の端に出来た傷を爪で抉るようにしたのに山崎は泣かなかった。呻き声一つ上げない。泣けばいいのにと思ってそうしたので興を殺がれる。泣かなくてもいいときには泣くくせに、泣けばいいのにと思うときには涙ひとつ見せないのだ。この生き物は、骨の髄まで自分に背くようできているのではないかと疑う程である。
爪で抉ったその傷を軽く吸えば、今度は軽く声をあげた。高杉は満足して口を離す。あ、と名残惜しそうな声が生意気で少し苛立つ。
「おめえは誰のものだ」
「晋助さんの、ものです」
「それなのに他の奴に傷を作られて帰ってくるのか」
俺のものをてめえは勝手に傷つけるのか。言いながら頬を張れば、予想外に高い音があがった。山崎の白い肌が滲むように赤く染まる。勢い横を向いた山崎がまるで目を逸らしたように思えて、高杉はその顎をきつく掴んで山崎の顔を前向かせた。痛みでか、山崎の顔が歪む。少しく高杉は満足する。
「俺が傷つくのが嫌なら、お傍に置いてくださいよ」
「……は、」
「他の誰も殴れないように、他の誰も壊せないように、あなたの傍に」
馬鹿なことを、言うものだ。
そんなこと、できるのだったらとっくにしている。
「……お前が悪いんだ」
「何で」
「お前が、」
お前が男だから悪い。お前が素直でないから悪い。お前が言うことを聞かないから悪い。お前が気味悪いから悪い。お前が俺を慕うのが悪い。お前が。
「……死ねばいいんだ」
「相変わらず、ひどいですね」
小さく山崎は笑った。顎を掴んだままでいるせいで、それは不自然に歪んでみえた。
高杉は目を閉じる。山崎の髪を掴んで上向かせ、あらわになった首元に噛みつく。加減をせずに歯を立てれば、ぶつりと嫌な音がした。血の味。
「い、たい」
「お前が全部、悪いんだ」
きれいに、まっすぐ、生きてさえいなければ。
生きる世界に希望を持たすようなことをしなければ、あるいは。
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