屍肉を喰らったのではないかと一瞬疑うほどその唇は赤かった。真一文字に引き結ばれたそれに紅が引かれているのだと分かったのは月明かりに照らされた頬に長い睫毛の影が落ちたからだ。女だったのか、と思うのと同時、赤く塗られた唇がにい、と弧を描いた。開き、ゆっくりと動く。4文字。
ばいばい。その動きに見惚れた隙に男の命はあっさり断たれた。美しい女の姿に似合わぬ、長く重い太刀によって。
着物の裾が血に汚れぬよう気にしながらごそごそと死体を漁る狗の後ろで足音が響いた。狗は振りかえらぬままに、ちょっとだけ首を竦める。
「その姿でも殺すのか」
「はあ。成り行きで。でもやっぱり、落ち着かなくていけません」
「その割には楽しそうだったが?」
「見てたんですか。やだなぁ。悪趣味ですよ、土方さん」
困ったように首を傾げながら死体を漁る狗はもちろん、鬼が最初から自分の仕事ぶりを観察していたことなど知っている。知っているから行儀よくしたのだ。無駄に斬らなかったし、血も無暗には流さなかった。仕事用にと鬼の贈った女物の着物を汚したくなかったせいもあるが。
携帯を一つと手帳を一つ。財布の中から折りたたまれた紙を一つ。それだけを帯の中に仕舞いこみ、狗はゆっくりと立ち上がる。振りむいて鬼と目を合わせ、やはり困ったように首を傾げる。しゃらん、と鳴る。簪の音。
「何しに来たんです?」
「お前を迎えに」
「悪趣味ですね」
「女の一人歩きは物騒だからな」
言って、鬼は自分の冗談がおかしかったのか、低く笑った。狗は僅かに眉を顰め、高下駄の音の代わりに簪の音を響かせながら鬼にゆっくり近づいた。軽く睨みつけるように鬼を見上げ、するりと腕を絡ませる。
「では、殺されぬうちに帰りましょう」
その言葉に鬼は再び低く笑う。伸ばした指で狗の唇を軽く拭い、それから自分の唇を寄せた。軽く触れ、濡れたような音を響かせ離れる。吐息の届く近い距離で、鬼は紅の移った己の唇を舐めた。
「なんだ。……血の味がするかと思った」
「……悪趣味ですね」
三度目。言って狗は小さく笑った。上機嫌に弧を描く薄い唇に血の色を乗せて。
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