捕縛者総勢三十二名、押収した武器多数。
ここ最近では類を見ないまさに大捕り物というが相応しいそれは、五日かけてやっと収束した。
目を付けていた場所からの武器発見から始まり、武器密売の取引現場を押さえ、密会場所を押さえ、そして隠れ潜んでいた場所を押さえた。芋蔓式に関与していた別組織の名前も挙がり、関係者をごっそり捕縛し終えたのが、六日目の明朝。
その全ては土方の指揮によって行われ、そしてその指揮は山崎が集めていた情報をもとに出された。
生け捕った者に関しては土方が主立って詮議にかけ、搾り取れるだけ情報を搾り取ったが、当然ながらその仲間として山崎の名前は一度たりとも挙がらなかった。
「で、謹慎は解けたんだろ?」
バリ、と音を立てて沖田は醤油せんべいを齧った。
欠片が零れて畳を汚したので、一瞬山崎が嫌そうな顔をする。へいへい、と肩を竦めて欠片を拾った沖田の急須に、山崎は無言で熱いお茶を注ぎ足した。
「なのにおめーは何でこんなとこにいんの?」
こんなところ、とは山崎の私室だ。なのに山崎はきっちり正座をしていて、沖田は足を伸ばし寛いでいる。バリとせんべいを食べ終えてしまった沖田に、山崎は自分のせんべいを分けて「どうぞ」と言った。
「あんがと」
で、何で? 再度問いを重ねると、山崎の眉間に皺が寄る。
「さあ?」
「さあ、って」
だってもう、二週間にもなるぜ。沖田は言って、山崎に分けてもらったせんべいへと手を伸ばす。
「だって、呼ばれないんですもん」
「はぁ?」
呼ばれないって何が、と沖田がせんべいから山崎へ意識を向ければ、山崎は俯いたままぎゅっと自分の湯飲みを握っていた。
「俺は沖田さんたちと違って局長からの系統で動いてるわけじゃなくて、副長の私兵みたいなもんだから。大まかにでも指示を貰えなきゃ動けないし、せめて謹慎してた間の状況を教えてもらわなきゃ、諜報活動のしようがないんです」
眉根を寄せてぼそぼそと言う。
なるほど、山崎の仕事は沖田たちと違って情報を扱うことを主体とする。謹慎したのが沖田だったらとりあえず見回りから始めて、その場その場でチンピラを取り締まったり不逞浪士を斬ったりしてとりあえずの仕事はできるが、山崎はそういうわけに行かない。
今何が分かっていて、次にどう調べるべきなのか。刀を持たずに命を賭ける仕事だから、情報の引継ぎは何よりも優先される。
そこまでは沖田も理解できた。しかし。
「……呼ばれないっつーんなら別に、おめーから会いに行けばいいんじゃね?」
山崎だって、入りたての下っ端ではないのだし。
それどころか、切腹になるところを土方の一声で免れたくらいのだし。
山崎はその問いにすぐには答えず、すっかり温くなっているだろうお茶をずず、と啜った。
「俺ね、」
「うん」
半分ほど残ったお茶を見つめながら、山崎が小さな声で言う。
「謹慎処分解けたって、副長に言われてないんですよねえ」
「……はあ?」
だってお前、と沖田が言葉を続けるのを遮るようにして山崎が俯かせていた顔を上げる。
眉間の皺が癖になるのではないかと思うくらい、眉がずっと寄せられている。
「沖田さんはどこで聞きました?」
「どこでって……討ち入りの事後報告会で、だけど……」
「俺はそこに出てないでしょ。だったら普通は、副長から謹慎解けたって通達があると思うんですよね。仕事しなきゃいけないわけだし。でも、副長は一回も来ないし、」
そこで山崎は言葉を切って、眉を寄せていた悲しげな表情を緩める。
自嘲するように笑って、細い指で湯飲みを撫でた。
「沖田さんがね、教えてくれなかったら、俺知らなかったかも」
ふは、と笑ったそれは、少しわざとらしかった。
「沖田さんから聞いて、副長ンとこ言ったんです。忙しかったから忘れてるのかもなあ、と思って。そしたらね、追い返されちゃった。今忙しいから後でっつって、それっきりですよ」
「……それ、マジ?」
「大マジです。何度か話しかけたんですけどね、もーほとんど無視。俺、嫌われるのは別に慣れてっからいいけど、これじゃあ仕事になんないですよねえ」
何のために謹慎解かれたのか、わかんないですよねえ。
山崎は笑って、沖田に分けたはずのせんべいに手を伸ばす。
「ねえ、沖田さん」
「……おう」
「何で副長は、俺に切腹させてくれなかったんでしょうね。いらないなら、どうして捨ててくれなかったんでしょうね」
山崎は口元に笑みを浮かべながら言って、バリ、と小さくせんべいを齧った。
口元についた欠片を払う爪先が、短くきれいに揃えられている。
沖田は山崎から目を逸らして、山崎が注ぎ足してくれたお茶を啜った。沖田の好きな味だった。
ここには、お茶もお菓子も、沖田のために揃えられている。
他に誰も、山崎を訪ねてなど来ないからだ。
「……俺は別にいらないのに、処断するのが面倒くさかったのかなあ。飼い殺しの方が楽だと思ったのかなあ……」
独り言のような声の大きさで山崎が呟く。
沖田は答えようかと口を開きかけて、結局噤んだ。奥歯に齧ったせんべいが挟まっているようで気持ちが悪い。
山崎は口元に薄く笑みを浮かべている。眉はやっぱりまた寄せられていて、眉間の皺が癖になってしまいそうだ。
ずず、とお茶を飲み込んだ。山崎は目を伏せてしまっていて、沖田がいることなど、すっかり忘れているようだ。
+++
ズバァン! と襖が破れる勢いで蹴倒された。多分、破れなかったのはほとんど奇跡だ。紙の部分ではなく木枠の部分を蹴られたから無事だっただけだ。
土方は突然響いたその音に大きく振り返り、その犯人の姿を認めて眉を上げた。
「総悟ッ、テメ、何して」
「アンタに話があるんだよ土方さんよォ」
もし土方に何か特殊な能力があったなら、沖田が背中に真っ黒いどろどろとしたものを背負っているのが見えただろう。
特殊な能力はあいにく持ち合わせていないが、沖田が無駄に殺気を振りまいている、ということだけは土方にも分かる。
「何だよ話って」
尤も、土方にとって沖田の殺気はいつものことだから、別段気にして取り合うことはしない。
「テメェの持ち物の管理はテメェでしろって、俺ァきちんと言ったはずですぜ」
「……何の話だ」
ぴくりと土方の表情が動く。滲んだ動揺を見逃さず、沖田ははっと鼻で笑った。
部屋の入り口から動かず、手は刀を掴んでいる。
「まあ、いいや。俺ァね、職務怠慢を責めに来たんです。俺たちにいっつも仕事しろっつっといて、副長ご本人が仕事を全うしないなんて頂けねえや」
「だから、何の話だ」
「謹慎になった部下の話」
冷えた表情でそう言って、続けてにこりと笑みを浮かべる。
凍えるような笑顔だ。
「謹慎処分を与えるだけ与えといて、それが解かれた連絡もしないなんて、それは職務放棄じゃねえんですかィ。副長はもしかしたらお忙しいから、行けなかったのかなあ。そしたら誰かに言って、言伝でもしたらいいんじゃないですかァ?」
カチ、と鯉口を鳴らした沖田から土方は顔を背けて、「何が言いたい」と低く言った。
「だからァ。仕事をね、しろよっつー話でさァ。自分の境遇も分かんねーなんて、部下が気の毒だと思わないんですかィ? ああ、まあ、安心してくだせェ。たまたまですが、俺が伝えておきました。おめーの謹慎もう解けたよっつって。十日くらい前かなあ。なのにね、その部下ってーのが、今日もまただらだらしてんでさァ。俺は仕事してるっていうのにさあ、もう頭来て。だから仕事しろっつったんですけどね、おかしいんですよ。そいつに仕事与えられるのは副長だけなのに、その副長に無視されるっつーんです。まさか、ねえ?」
くすくす、と沖田は小さな笑い声を漏らす。楽しそうなそれが、土方の背にはむき出しの刃のように冷たく聞こえる。
「監察に仕事与えんのもテメーの仕事じゃなかったんですかィ、土方副長」
カチ、カチ、と刀が鳴っている。
「……忙しかったんだよ。お前ぇも知ってんだろ。この前の討ち入りの事後処理がまだ残ってんだ。あれ押さえたことで当分デケェ動きはねえって俺も近藤さんも踏んでる。急いて監察に動いてもらう案件はねぇんだよ」
「引継ぎは?」
「…………」
「引継ぎぐらいしてやったら? そんだけしたら後はアイツのことだから、どうせ勝手に動くでしょうよ。動いて掴んだ情報を、後でアンタが取捨選択すればいいんだ。監察ってのはそういうもんでしょう」
ずい、と沖田が土方の部屋へ踏み込む。
土方が少し振り向いて確認すれば、その手が刀から離れている。
さすがに斬りはしないか、と土方が苦笑を零した瞬間、沖田の腕が土方の首元へ伸びた。胸倉を掴むようにして、沖田が土方の顔を覗き込む。
「最ッ低でさァ、見損なった。オメーのせいで山崎は謹慎にまでなったのに、何へらへらしてんだよ、ふざけてんじゃねえや」
「総悟、お前落ち着け」
「無視って何だよ、どういうことか説明してくだせェよ、アイツがオメーに何したって言うんだよ、何が嫌でアイツを無視すんだよ、アイツはオメーがいないと何もできないことくらい、オメーだってわかってんだろ!」
持ち物扱いは否定しないくせに! と、叫んだ沖田の声が悲痛に響く。
「オメーがぐずぐずしてるから、あいつばっか傷つくんだよ。あいつが傷つくのは全部が全部オメーのせいなんだよ、……分かってんのか土方ァ……」
ずるり、と力が抜けた沖田の腕を土方が払う。乱れた襟元を直して、土方は俯いた沖田をじっと見据えた。
「―――お前が何勘違いしてっか知らねェけどなあ。俺はあいつの上司だが、それ以前に真選組の副長ってのやってんだよ。謹慎してた部下一人を気にするより、先にすることがあるんだよ。言ったろ。俺は忙しいんだ。俺の仕事が終わってから、他の奴らには仕事を振る。それだけのことだろ。引継ぎだってなぁ、別に今すぐ必要ってわけじゃねえだろうが。引継ぎがなけりゃ仕事ができないっつーんなら、休んどきゃいい。どうせ、休みたいときに休みをやれるわけでもねェからな」
俯いた沖田のつむじに言い聞かせるようにして、土方は流れるように言う。
まるで用意していたかのようなその言葉に、沖田はちら、と顔を上げた。
「それ、本気で言ってんですかィ?」
「何だよ」
「本気で言ってんだったらすげー気持ち悪い。マジ気持ち悪い。死ねばいいのに土方死ねばいいのに気持ち悪ィんだよ」
「総悟、テメーなァ」
「何? 上司としての正当な判断とでも言いたいわけ? 今山崎に声かけるのが特別扱いにでもなるとか言っちゃいたいわけ? バッカじゃねーの今更何言ってんだよ今更公正気取ってんじゃねーよオメーがやってんの全部私情じゃねえか」
「何、」
「最初っから最後まで! 全部! 山崎ばっか使って仕事してんのも山崎に好き勝手させてんのも山崎を謹慎処分に無理矢理したのも全部!」
オメーの私情だろうが! そう叫んで、沖田は再び土方の胸倉を掴んだ。
スカーフをぐ、と締められて、土方がわずかに眉を寄せるが、沖田は頓着しない。
「お前な、いい加減に」
「好きなんだろ、山崎のこと」
呟くように、沖田が言った。
同時に力の抜けた沖田の手から、するりと土方のスカーフが零れる。
なのに、首はもう締められていないはずなのに、もう苦しくはないはずなのに、土方の喉から声が出ない。
「すきなんだろう」
沖田は静かな声で、確かめるようにもう一度言った。
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