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 乱れた着物を艶めかしい肢体に巻き付けたままの山崎の視線が土方の背中に絡み付く。それに気付かない振りで、土方は山崎に手渡された紙をぞんざいに捲り、小さく折りたたんで着物の袂へ押しこんだ。
「土方さん、……」
 まだ少し甘さを残す声で、山崎が呼ぶ。土方は振り向いて、山崎の乱れた髪をそっと掻き上げてやった。指先の動きに、うっとりと山崎は目を閉じる。まるで自分はとても優しい人間であるかのように、土方は錯覚する。
「まだ、いけませんか……?」
 紙片を仕舞った土方の胸元を探るような目で、山崎が頼りなげに聞いた。行為の後の甘たるい声を零す喉へそっと指を滑らせれば、その体がぴくりと跳ねる。掌を押し当て、軽く力を込めてやれば、山崎の体は緊張したように強張った。
「さすがだな。なかなかよく調べてある」
「だったら、」
「でもまだだ」
 首を緩く締める手を離し、今度は冷たく冷えた頬を撫でてやる。条件反射のように山崎は目を瞑り、掌に頬を摺り寄せるような仕草をした。体に引っかかったままの着物がしゅるりと高い音を立てる。肌の白さを際立たせる赤い長襦袢。
「お前は優秀だから、もう少し時間をかければ、もっといい情報が引き出せるだろう」
 体を屈め、近くでそう囁いてやれば山崎の顔が引きつった。ゆっくりと開いた目に絶望の色が濃く滲んでいる。土方は喉の奥で笑う。
「土方さん」
「このまま行けば、大物が引っかかるかも知れねェな。それをお前の客に出来れば、一番いいんだが」
「や、……」
「ん?」
「…………嫌です、それは」
 懇願するような目で山崎は土方を見上げ、甘えるように両手を伸ばした。請われるままに体を近づけてやれば、山崎の両手が土方の首へ絡み付く。
「俺は、土方さんでなければ、嫌です」
 きつく抱きつくようにして山崎が言った。声が細く震えている。寄越された言葉に土方は口角を上げ、山崎の言葉には答えないままその首筋に唇を押し当てた。
「ん……、…ぁ、……」
 膝を割り、先ほどまで自分がいた場所へ指を這わせば、簡単に山崎の背中が震えて開いた唇から甘い声が漏れる。薄く開かれた目が土方の居場所を懸命にとらえ、薄く涙の膜が張る瞳で土方を射抜く。
「ひじかたさん……」
 これはもしや、自分が手放せばいとも簡単に、他の誰かの手に落ちてしまうのでは、ないだろうか。
 自分以外の誰かがこれを助ければ、あっさりとそいつに、奪われてしまうのではないだろうか。
「俺でなければ、嫌か」
 確認するように問いながら、土方は山崎の耳朶に歯を立てた。それさえも快感として呑みこんで、山崎は小さく首を縦に振る。
「嫌です。だから、許して下さい」
 何も悪いことをしていないのに、そんなことを言う。
 水音をわざと高く立てながら、土方は山崎から体を離し、その肢体を見下ろした。
 白い肌。細い腰。赤い襦袢が肌に纏わりつき、山崎の体が跳ねるたびにさやさやと音を立てる。肌に散った無数の跡。吸いついただけの甘いものもあれば、血がにじむ程歯を立てたものもある。
 これを悲しませることができるのも、喜ばせることができるのも、自分だけだ。
 自分だけであればいい。
 祈るような強さで思いながら、土方は山崎の肌に唇を押し当てた。ひとつ新しい跡を残す。山崎の口からは甘たるい声が零れ続け、土方の口の中には、血の味が滲んだ。