こいつはいつも際限なくひどく扱われているから、自分だけでも際限なく大切に扱ってやろうと思っていたのに、ふとした拍子にじゃれるように殴ってしまった。
平手で、本当に少し、柔らかく殴っただけのつもりだったのだけれど、伸びっ放しになっていた爪がその肌を引っかいて、もともと出来ていた傷口を抉るようにしたのだった。
「山崎」
名を呼ぶ声さえ、きれいでなかった。
掠れてかっこ悪かった。
「……俺は、お前を守れるかな」
守りたいとか、大切にしたいとかは、好きだからと思ってそうするのではない。
ひどくしたら、痛くしたら、自分といても誰かを思い出すのだろうと思ってできないだけだ。
殊更反対のことをして、自分だけ見ていて欲しい、だけ。
「いやぁ、逆でしょう。俺が沖田さん守りますよ。そういう仕事だし。というか」
山崎は少し困ったような顔で笑う。笑い方がひどく曖昧だ。
「守るって、何からですか?」
わかっているくせにそんなことを言う。その目が澄んでいてとてもきれいだ。
曖昧で、それなのに、くっきりと甘く美しい。滑り込むようにして、体中を浸していく感覚。
「そんなの」
(……世界中の、全部からに決まってら)
壮大なことを言って全て誤魔化してしまいたくなった。連れ去りたい衝動を含めて全部。
曖昧で、くっきり甘く美しい。山崎の笑い方が、金木犀に似ている。