お前あっち行けよ。という言葉が、咳に邪魔されて言えない。
雨がひどくうるさいので、窓が開けられない。風通しがすこぶる悪い。
「止みませんねぇ」
「……お前、仕事は」
「ちょっと休憩させてくださいよ。この雨じゃ、ミントンもできなくって」
へら、と笑った山崎は肩を竦めて見せる。手を伸ばせば、届いてしまう距離だ。
「移るぜ」
「構やしませんよ。風邪でしょう?」
「…………」
「風邪ですよ。移るんなら、もらってあげますから。はやく治して下さいね」
山崎の手が伸びて、横になったままの俺の髪を柔らかく撫ぜた。
馬鹿、という言葉がやはり、咳に邪魔されてうまく言えない。
「俺に移して、沖田さんが治るなら、それでいいですよ」
笑って見せている。嘘のない笑い方だ。でも、山崎は嘘を吐くのが上手いから、これはやっぱり嘘なのかもしれない。
「お前、実家、医者だって言ってただろィ」
「言いましたよ。ちょっとだけならわかります。風邪ですよ。大丈夫。薬飲んで大人しく寝てれば治りますよ」
すぐですよ。と笑っている。やっぱり嘘だ。山崎は、嘘を吐くのが上手い。
瞼が赤く腫れている。そんなに腫らしたら、仕事に差し支えあるんじゃねぇのかなァ。
ごほ、と喉が痛む。言葉の代わりに咳が零れる。風通しの悪い部屋に、音もなく毒が蔓延していく。
移るぜ、ともう一度言った。移してくださいよ、と言う、山崎の声が穏やかで、俺は泣いてしまいそうだ。
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