視界の隅をちらちらと小さな虫が飛んでいるので時折気が逸れた。
薄い透明な羽を持った虫はちらちらと視界を横切って、行灯の火へと誘われていく。そこへ行ったら死んでしまうのに、躊躇わず飛び込んで行って、それから先、小さすぎて見えなかった。
「俺はさぁ」
酒が回ってとろりとしている目で、山崎はとろりと言った。杯の中を満たしている酒と同じように、とろとろしていて、濁っていて、熱くて甘い声だった。
「アンタに抱かれたら、救われるんだと思うよ」
喉を焼くような声でそう言って、山崎は手に持っていた杯を畳の上へそっと置いた。
「全部アンタの所為にして、俺は被害者ぶれるもの」
とろりとした目を伏せて、山崎はその細い白い指で畳の目を無意味に撫ぜた。その仕草があまりになよなよしていたので目を逸らした。小さな虫が、飛んでいる。
「それァ、そうだろうな」
だったら俺は、加害者ぶってお前を際限なく好きに出来るのか、という言葉が、喉に引っかかって外へ出ない。気持ちが悪くて酒で流し込む。こんな会話、酒の肴にもなりやしない。
小さな虫がまた一匹、仲間の失敗から学びもせずにふらふらと行灯の火へ吸い込まれていった。ゆら、と火が揺れて、影が動く。
「救ってやろうか」
その言葉が、無様に喉へ引っかかって、掠れた。
目を向ければ山崎は目を伏せたままでいて、その細い首を、横にも縦にも振らずじっと、ただ畳の目を見つめていた。
抱きしめれば、いいだろうか。と考えながら、虫の行方を追っている。
どこからか入ってくる虫がまた一匹、仲間の後を追って、炎に焼かれて死んでいく。
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