俺好きな人ができちゃいました。
そう言うと土方さんは、笑ってしまうくらい驚いた顔をして勢いよくこちらを振り向いた。
「……今、なんつった?」
「うん、だからね……俺、好きな人ができちゃったんです」
脱ぎ散らかされた着物を一枚一枚身に着けながら、土方さんの顔を見ないようにもう一度言う。土方さんは火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し当てて俺の腕に手を伸ばし、跡がつくほどきつく握った。何を今更、焦ることがあるっていうんだろう。土方さんはぐい、と俺の腕を引っ張り、顔を背けたままの俺の頭を掴む。
「どういうことだ」
指に絡めとられた髪が痛い。無理矢理視線を合わせられて、苛々する。
そういう自分勝手なところが嫌いでした、すごく。
「……だからね、もうこんな関係やめましょうよ。……別れてください」
お願いします。
喉から搾り出すように言った。途端、土方さんの手から力が抜けて、剣呑だった目の光は呆然としたものに変わる。
「……お前、それ、本気で言ってんのか」
「本気です。ごめんなさい、俺ね、もう、耐えられなくなっちゃった」
きゅ、と帯を結んで立ち上がる。土方さんの目が縋るように俺を追いかけて、山崎、と震える声で名前を呼んだ。
そういうとこが嫌いでした。自分勝手に甘えてきて、俺を好きにして、ひどいくせに優しくして、そんな声で名前を呼ぶところが。
その癖、時折俺をいつもと違った抱き方をするところとか、香水の匂いがきついくらい移っているところとか、そういうところが大嫌い。気持ちがなくなったのなら早くそう言ってくれればいいのに、あなたは寂しがりだから、そうして俺に縋るんでしょう?
「ごめんなさい、十四郎さん」
上手く笑えていただろうか。土方さんは笑ってしまうくらい苦しそうな顔をしている。
最後に一度名前を呼ぶことだけ、許してね。それであなたが傷ついたって、もう俺は構わないんです。
そのまま背を向けて部屋を出て行こうとする俺に土方さんの「待てよ」という声が届く。けれど別に、立って追いかけて抱きしめようとはしないんでしょう?
だってあなたはそういう人だ。
「……すきなひとが、できたんですよ」
ぱたん、と自分で響かせた襖の音が悲しくて、崩れ落ちてしまいそうだ。
「……あなたのことが、好きなんです、土方さん」
唯一じゃないことに耐えられないくらいに、好きになってしまったんです。
俺の言葉でせめてあなたが傷つけばいいと思っている醜い俺を許してね。