※IN鬼兵隊

専用の刃物を取り出して、蓋をそっと取り机の上に置く。
ごみ箱を足に抱えて、左手に持った鉛筆の先に刃を当て、慣れた調子で削っていく。
「何だ、それ」
聞けば、山崎は手を止めないまま、ええと、と口篭った。
「鉛筆?」
手元を覗き込むようにすれば、山崎が動かしていた刃を止める。こちらにふっと顔を向けて、困ったように少し笑った。
「なんというか……目の周りを囲う、化粧の道具です」
「へぇ?」
何でまた、とその左手にある鉛筆を手に取る。鉛筆より幾分か濃い色のそれは、鉛筆のように先を尖らせるのではなくて、少し芯の太さが残るように削られていた。困ったような顔をしている山崎の顔に視線を向ける。その細く垂れ下がった目。指を伸ばして瞼に触れた。際まできれいな肌色だった。
「女みてェなことをするのな」
小さく笑って言えば、すいません、と肩を竦めて謝られた。別に謝られたいわけじゃねェよ。似合うのならば、それでいいのだ。
「何でまた」
鉛筆を山崎に返してそう問えば、その芯の先を山崎の指が擦って、指先が黒くなる。山崎はしばらくそれをじっと見つめて、それから一言、
「涙がね」
と言った。
「…………涙がね、出ないように。これさえ塗っておけば、俺は多分、女のように気にします。汚れないか、落ちないか、気にします。気にすれば、容易に泣けなくなるでしょう」
我慢できるでしょう。俺は泣き虫だから。
言って、山崎は少しだけ笑った。
「離れても、大丈夫なように。俺の心は本当に弱いのです。それを、」
言葉を切って、山崎がこちらを向く。視線が絡む。請うような視線だ。何を請うているのか、ねだっているのか、わからないわけではない。けれど。
「…………それを、あなたが恋しいから、それだけで我慢して、行くんですよ。晋助さん」
それは脅しだ。そんな言葉は、やわらかく見えるけれど、刃物のようなものだ。甘えて見せる振りをして脅している。何を、弱いことがあるものか。
言うのも癪で腕を伸ばした。有無を言わさず抱きしめたが、それは山崎を甘やかすためではない。恋しいと思ったわけでもない。これ以上、その目を見ていたくなかったからだ。 山崎の手から鉛筆が落ちて、畳の上をころりと転がった。
山崎の手は、抱きしめ返すよう動くでもなく、逃げようともがくでもなく、ただ力なく垂れ下がっている。言葉で沢山脅すくせに、まるで物のように振舞っている。