※IN鬼兵隊
唇が乾いている。だけでなく、口内もひどく乾いている。舌で唇を舐めてみるが、それもあまり意味はない。欲情しているのだ、と気づいてはいるが、認めたくない。
山崎はそんな高杉の様子に少しも気づかず、なにやら糸を通した針を真剣に動かしている。何を縫っているのかと手元を覗き込む。色鮮やかな縮緬を縫い合わせていく手の動きが規則正しく美しい。目の動きは指の動きを追っているが、表情はどこかぼんやりとしている。機械的に、布が縫い合わされていく。少し気だるげな山崎の様子は、ぞっとするほどの色香を放っている。
これをどこかに閉じ込めていたい、という気持ちと、放り出してしまいたい、という気持ちが、高杉の中で拮抗している。後者の方が僅かに強い。そばに長く置いておけば、狂ってしまうのではないかと思っている。何もかもがどうでもよくなってしまうのではないかという恐怖に、高杉は囚われている。
今その腕を掴んで畳の上に引き倒し圧し掛かり唇を奪ってその唾液を啜りこの喉の渇きを癒したい、と思っていることだって、高杉には怖くてたまらない。気持ちが悪い。こんなはずではなかったのに、と苛立っている。
痛みも快楽も何一つ山崎には与えたくない。自分の手で何かを山崎に与えるということは、所有するということで、高杉はそれをしたくない。手の中になど収めてしまいたくはない。収めてしまったらきっと、握りつぶすか、もしくは傷つかないように大切にしてしまう。どちらかと言えば後者を恐れている。
欲しい、と思うのは執着だ。欲情している体を持て余している。けれど、欲しい、と思いたくはない。せめて何か、言い訳があればいい。
「山崎」
名前を呼べばすぐに手を止め顔を上げる。唇が弧を描いている。はい、と返事をする声が柔らかい。
「お前、俺に抱かれたいか」
問う声は少し掠れたが気づかない振りをする。山崎は一瞬呼吸を止めて、それから細く吐き出す。目を伏せて、はい、と言う声が平坦だ。熱もないし震えもない。ただの静かな肯定だ。けれど、それで高杉には十分なのだ。それが山崎の嘘だとわかっていたって。
「そうか。だったら、抱いてやるよ」
尊大に言って腕を掴む。山崎はそこで始めて慌てたように、持っていた針を針山に刺す。そういう余裕がある。引き倒せばあっけなく畳の上に転がる。覆いかぶさって、唇を奪う。山崎は一度目を見開いて、それからゆっくりと瞼を下ろし、高杉の首に腕を回す。
唇をこじ開け中を荒らし唾液を啜るように、流し込むようにしながら、高杉は頭の中で呪いの言葉を吐き続ける。
畜生 死んじまえ 死んでしまえ こんな奴 こんな弱い俺の心 いつか殺してやる壊してやる お前が望むから俺はこうするのだ願いを叶えてやるのだけれどそれもただの気まぐれだ 畜生 死ね 殺してやる
思いながら山崎の肌を滑る自分の手の動きがぞっとするほど優しいことに高杉は気づいている。
泣きそうな程怖いので、気づかない振りをしているだけだ。
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