※IN鬼兵隊

人を騙すために笑うのが生きていくために必要な手段だったので生きていくために仕方なくそうしていたら笑い方をすっかり忘れてしまった。顔の筋肉を緩めて口角を緩やかにあげ目を細めてそうするというのはわかるのだけれど、心から笑うということがどういうことなのか、すっかり忘れてしまっている。
「気味が悪ぃな」
心底嫌そうに晋助さんがそう言って、俺の頬を軽く打った。ぺち、と軽い音がした。戯れのようなそれだった。
「すみません」
「謝るな」
「はい、すみません」
晋助さんがものすごく嫌そうな顔をして、それからふっと憐れんだような表情を浮かべた。
頬を打ったばかりの手で、俺の頬をやさしく撫でる。
「嫌なら逃げてもいいんだぜ」
「嫌じゃないです。俺は、あなたが好きなんです」
憐れんだような表情で、晋助さんが俺の頬を撫でる。
好き、という言葉を聞いたあと、少しだけ右目を細める。
「お前は、うそつきだろう」
「今まではそうです。でも、これからは違います」
「俺のために嘘がつけるか」
「晋助さんがしろと言うのなら」
「俺のために人が殺せるか」
「晋助さんがそれを望むなら」
「じゃあ、」
頬をやさしく撫でていた手が離れてしまって、俺は思わずすがるような顔を、しただろう。晋助さんが小さく笑う。馬鹿にするような笑い方である。
「笑え」
命令だ、と言って、晋助さんは浮かべていた笑みを消した。
真面目な顔でじっと見つめられて、俺は少し呼吸ができない。
「すきです」
どうしたらいいかわからなかったので、二酸化炭素と一緒に浮かんだ言葉を吐き出した。
口にしたらうれしい気持ちになったので、頬を緩めて口の端を上げ目を細めた。
心と連動して自然にそうなるのではなくて、俺はたぶん、意識的にそれを行っていて、それは不自然に植え付けられた癖のようなもので、だからうまく笑えないのだ。
思ったとおり晋助さんは嫌そうな顔をして、俺の髪に手を伸ばした。
引っ張られ引きずられ折檻されるのだ、と思いぎゅうと目を閉じた俺の瞼に、やわらかくかさついたものが触れる。
くちびるだ、と知れた。
「……気味悪いな」
すいません、と謝る声が掠れる。
瞼に吐息が触れているので、目を開けられない。
気持ちが悪いと言いながら、晋助さんは俺の髪をやさしく撫でる。
困惑しながら、すきです、ともう一度言えば、うそだろう、と返された。
嘘じゃあないです、と言い募ろうとしたのだけれど、そのために動かした唇が、なぜか、あたたかくてやわらかくて少しかさついている晋助さんの唇にふさがれてしまって、俺はそれ以上何も言えない。