止まらない血はいつまでも熱いようなのにそれを流す体ばかり凍るように冷えていく。
名前を呼んでも目が開かない。何度も名前を呼ぶ。少しも反応しない。もしかしたら自分の声が外に響いていないのではないかと疑う。何度も何度も名前を呼ぶ。声が震える。まるで泣いているようだ。
飛び散った血がいつまでも熱い。燃えるようだ。手を汚した血が粘ついて気持ちが悪い。刀の先から落ちた血が跳ねる。
ああそうだこれは俺が殺したのだ俺がこんな風にしたのだもう目を開けないこちらを見ない名前を呼んでも反応しない温かくない冷たいもう何も言わない泣かないけれど笑わない。
ああそうでした、これは、俺がこんな風にしたのでした。
悲しくなって目を閉じた。

そんな夢を見た。

目が覚めて思わず掌をじっと見つめた。血の跡は少しもなかった。白かった。よかったと吐息をついて本当に良かったのかと自問自答する。
本当に夢でよかったの? あれが夢でなければ少しは救われたのではないの?
天井にかざした手を強く握った。爪が掌に食い込む。
だってあれは敵なのだ、この世界を形作っているのみならずこの世界を、こんな世界を守ろうとしている人間なのだ。化け物に迎合して誇りをあっさり手放して安穏と生きるためだけにあの人を殺した側の人間なのだ。
「……先生」
呼ぶ、声が、震えている。それが少し夢の中に似ている。夢の中で呼んだのは先生のことではなかったなと思えばそれがおかしい。今まで、夢の中でまで震える声で名前を呼ぶ程の人なんて、あの人以外に考えられなかった。
「先生、俺は……」
もしあの人がここにいたならどうしたろう。きっと許しただろう。自分に刀を向けたすべてを許しただろう。敵であるあいつのことだって許しただろうそして一緒に行こうと誘っただろう。
一緒に行こう、と言えればよかったのか。
握った拳を額に当てる。何もかも押し殺すように奥歯を噛みしめる。鼻の奥がつんとしてじわりと何かが目元に滲んで熱いそれが耳へと流れ込んだ。
一緒に行こう、と、手を握ればよかったのか。
それとも、泣かれても暴れられても有無を言わさず攫ってやればよかったのか。
「……俺は、お前を、」
いつか殺すだろう。そのためにここにあるのだろう。そのために生きているのだ。もう、他のこと以外には生きられないのだ。だって神様は死んでしまってどこにもいない。何もない。自分にはもう何もないのだどこに行けばいいのかもわからない。
ただ耳の奥で叫び声だけ響いている。助けてくれと響いている。許さないと喚いている。
他の何もかもが自分を置いていくのなら一緒に置いて行かれた全てを自分が抱え込んで生きていってやろうとそう決めた。だってもう何もないどこにいけばいいのかもわからない。
だってあいつが悪いのだ。傍にいないのが悪いのだ。付いて来れないから悪いのだ。だからいつかの未来にきっと夢は本当のことになるだろう。
奥歯を噛みしめる。ぼろぼろと零れる液体が熱い。目の奥が痛い。
夢が本当になったなら、きっと自分は泣くだろう。
「退、」
名前を呼ぶ声が震えている。返る声はない。いつかと同じだ。何度呼んでも声は狭い部屋に響くだけなのだ、あの時も今も。
だってもう仕方ないじゃないか。自分がそう決めたのだ。他に生き方はないのだあったとしても選びはしないだろう悲しいけれど後悔は一度だってしたことがない。
だって神様はもういない。