「一本ください」
土方が口にくわえている煙草を指して、静かな声で山崎が言った。
「あ?」
「たばこ」
「お前吸うっけ」
ねだられるままに一本差し出せば、受け取った山崎は軽く頭を下げた後、慣れた仕草でそれを口に銜える。
その仕草がはたから見れば土方そっくりだということに、土方は気付かない。山崎も意識してそうしているわけではない。
「吸いません。けど、吸えないわけでもないです」
「無理に吸うもんでもねえだろ」
「まあ、そうですけどね」
体にも悪いしね、と小さく笑って土方を見た山崎は、今度は手のひらを上向けて土方にずい、と手を伸ばした。ぶしつけな所作に苦笑いをしながら、その上にライターを乗せてやる。
カチッ、と軽い音がして、小さな火が山崎の銜えた煙草の先にぽうっと灯る。
小さく頼りない光がちらちらとしている。
深く煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。特に変わったこともない、何気ない、煙草を吸うなら当たり前の仕草であるそれが、何やら妙な色気を含んでいるように見えるのは、土方の錯覚だろうか。
「……なんか変な感じ」
ふ、と煙を吐き出しながら、山崎が小さく笑った。
「何が」
「いえね」
ちょっとね、と濁して、山崎が細めた目を土方に向けた。
白い煙草をそっと銜えている唇がやけに赤く映る。
「こうしてると、血の中にまで、土方さんの匂いが滲むみたいだなあ、と思って」
連れて行けるのがうれしいな。
そう言って、山崎は体に害しかもたらさないはずの毒を、この上なく幸福そうに吸い込んだ。
「山崎、」
「そろそろ」
壁に掛けてある時計にちらりと目を向けて、山崎がまだ長いままの煙草を灰皿へと押し付ける。そのまま立ち上がった山崎の手を、土方は思わず掴んだ。
すがるような、力を込めない拘束から、山崎はあっさりと抜け出す。
「……生きて帰れよ」
「もちろんです」
にこりと笑った山崎は、音もなくするりと土方の部屋を出ていく。
少し煙草の匂いだけ、残っている。
同じ匂いの煙を燻らせながら、土方はゆっくりと目を閉じた。
「たまんねえな……」
命を賭けに行く前に、そんなことを言われたら。
血の中にまで恋しさが滲んで、やりきれなくて、たまらないじゃないか。