昼過ぎに「ちょっと買い物にー」と言って出てった山崎が明らかに殴られたような顔で帰って来たのは、夕飯の30分前だった。
「でー、俺結局50円しか持ってなかったんで、正直に言ったらふざけんなクズって言われて」
「50円かよ、ダセえな」
「土方さんに言われたくないです。んでー、ったらへらへら笑ってんじゃねえよって言われて」
「全面的に同意する」
「いきなり殴られて、んで、土下座したら許してやるって言われたから」
「したのか?」
「まさか。しなかったから余計に怒らせたみたいで、すげえ殴られたんです」
だらだらと説明する間、山崎は自分にできた傷を手慣れた様子で手当てしていく。
その光景を腕を組んだまま見つめている土方のことを、山崎がどう思っているのかは知れない。
こいつがこんなに手当て慣れてんのは俺がいつも殴ってっからかなあ、とぼんやり土方は考えている。
それともやはり監察とは危険な仕事であるから、その仕事の中で傷つくことに慣れてしまったのかなあ、とも思っている。
どちらにせよ、そんな状況に追い込んでいるのは自分だ、とも。
山崎は、ふわふわへらへらしているようで、意外に頑丈に出来ている。ちっとも壊れない。
回避できる暴力ならば、土下座でもなんでもして逃げ出してもおかしくなさそうな頼りなげな風貌なのに、こんな無駄な傷を作って帰ってくる。
「お前本当にプライド高いのな」
「はあ?」
ぽろ、と出た何気ない一言に、山崎は、何言ってんすか、というように変な顔をした。
「俺プライドないですよ」
「あんだろーが。プライドあっから土下座できなかったんだろ。余所で喧嘩沙汰に巻き込まれるくれーなら、頭でも下げて穏便に帰ってこいよ」
悪ィ評判立つだろうが舐められっだろうが。と、土方は続ける。
お前のこと心配して言ってんじゃなくて俺が迷惑だから言う、という形を、装っている。
「俺にプライドなんてないですよ。あったらあんたにあんな簡単に突っ込ませたりしません俺が突っ込みます」
「させるわけねーだろバカか」
「俺じゃなくて、土方さんですよ」
「あ?」
「俺じゃなくて、土方さんのプライドですよ」
「……何言ってんの、お前。お願いだから日本語喋れ」
ぱたん、と音を立てて救急箱が閉まった。山崎がちょっと笑って土方に顔を向ける。
「だからねえ、俺じゃなくて、土方さんのプライドが大事なんです」
俺はあんたのものなんだから、そう簡単に頭下げたりしちゃ、あんたまで安くなんでしょうが。
妙に胸を張って言った山崎は、満足げに笑った後救急箱を持って立ち上がった。
ガタガタと戸棚にそれを仕舞う後ろ姿を、土方は半ば茫然と見ている。
「……お前さあ」
「はい」
めまいがするのはきっと気のせいだ。
腫れた頬と瞼切れた唇と目軽い血の匂い。
「俺のもんなら、勝手に傷つけてんじゃねえよ」
声に笑いを乗せて冗談を装う。
外で勝手につけられた傷に苛立っているのは自分自身がまず認めたくないからだ。
「じゃあ、次から気をつけますね」
見透かしたように山崎が笑った。
なんでもわかっているようなその様子に土方はまた苛立ったのだけれど、笑う山崎があまりに嬉しそうだったのと、腫れた頬がちょっと痛そうだったのと、くらりと続くめまいが案外心地よかったので、殴る代わりに唇をひとつ奪って、それでしまいにしてしまった。
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