突然廊下からした殺気に、土方は体を一気に緊張させた。
置いてあった刀を手元に引き寄せ、軽く腰を上げてから、その殺気の持ち主が自分のひどく見知った人であることに気付く。
「山崎」
殺気を隠しもしない様子に驚きながら襖を開け、そこで土方は更に驚きに目を見張った。
「あ、副長」
くる、と向けられた顔がきれいに作られた女の顔。
薄くはたかれた白粉と口元に引かれた紅色はいつも通りで、土方を驚かせたのはそこではない。
出かけるときはきちんと結いあげられていたはずの髪がぐしゃぐしゃに乱れている。
きちんと着て出かけたはずの着物が軽く乱れている。
誰かの手によって髪を乱され着物を脱がされそうになった、と言わんばかりのその様子に、土方は思わず言葉を失った。
「お前……何してんの」
「何って、仕事っスよ、仕事。アンタの命じた」
「いや、違くて」
「今んとこ報告できるようなことはないですよ」
無自覚なのだろう、先ほどよりは収まったが、殺伐とした気を振りまいている。
このまま屯所内を歩けば、隊長格の何人かは起きてしまうだろう、というような気だ。
「いや……お前、とりあえず入れよ」
「え、……まあ、はい」
何ですか、とちょっと首を傾げながら、山崎はするりと土方の私室に滑り込んだ。
そばを通り抜けるとき、乱れた襟元を引っ張って軽く直してやれば、そこで初めて気付いたように「ああ」と間の抜けた声を上げる。
「これね、ちょっと変なのに引っ掛かっちゃいました」
本気でうぜえ、と吐き捨てる山崎の髪も土方は指先で撫でつけてやる。
「襲われたか」
「はあ、まあ、死守しましたけどね。いろいろと」
着物の裾を払って山崎が座る。隣に座った土方を、山崎は少し嬉しそうな顔で見上げた。
「それで、どうした」
「この格好で全力疾走するわけにもいかねェな、と思ってたら見回り組が通ったから。引き渡して来ました」
お嬢さん大丈夫? って超心配されちゃった。と苦笑して、山崎が徐に土方の腕を掴む。
怪訝そうに眉を上げた土方に口角を上げて見せ、顔をぐいと近づけた山崎はそのまま土方の唇に自分の唇を押しあてた。
驚く土方を目だけで笑い、触れ合わせた唇をこじ開けて、山崎の舌先が土方の口内にぬるりと侵入する。
土方が力を抜いて山崎の好きなようにさせてやれば、山崎はそのまま目を閉じて、土方の口内をしばらく勝手に貪った。
どれほどかそうしていて、ようやく満足したのか、それとも息が上がったのか、荒い呼吸をしながら山崎は唇を離す。つ、と絡んだ唾液が舌先を繋いで、ふつりと切れたそれは畳の上に落ちた。
「……っ、…はぁ……」
「……殺気、おさめろよ」
「そんなにひどいです?」
「ああ、ひでえな」
指に挟んだままだった煙草から灰が落ちて、畳を焦がしてしまっている。
それに気付いて苦笑しながら、土方は片方の手で山崎の頬を撫でた。
ぴりぴりとした空気を纏った山崎は、首を軽く傾げながら濡れた唇をちろりと舐める。
赤い舌が紅を乗せた唇を舐めて、こくり、と白い喉が上下する。
「じゃあ、土方さんで発散させて」
土方の首に腕を回しながら、甘たるい声で山崎が言った。
「……なんか、喰い殺されそうだな」
緩く目を閉じて赤い唇を白い歯を受け入れながら、土方は低く笑った。
まだ長い煙草を無理矢理押し込んだ灰皿から、ふわりと灰が舞い上がった。