※IN鬼兵隊設定

半分眠っているようにぼんやりしているときなどは、時々姿を見間違えることがあった。共通点と言えば短い黒い髪くらいで、それだって長さが違うのに。目線の高さも違う。体つきも違うし気配も当然違う。そして纏う香りが違う。あの人も煙草を吸うけれどそれはもっと深く甘い香りをしていて、こんなに苦い香りではなかった。
真っ黒に塗りつぶされた空は、窓の形に切り取られている。外と中を繋ぐその小さな出口から白い煙が黒の中に溶けて消えていく。
「ひじかたさん」
名前を呼べば簡単に振り向く。灰を灰皿に落としながら、表情だけで何だと問うその目が嫌いだ。何もかも見透かされているような気になる。何もかもわかっていてこの人はもしかしたらこんな風に無防備にそばにいるのかも知れないと自分の都合のよいことを考える。
「風邪ひきますよ」
まだ、夜は寒いのだ。山崎の言葉に土方はふっと笑って、それから素直に窓を閉めた。短くなった煙草を灰皿に押し付けて、じりじりと山崎に近づく。目を覗きこむようにして顔を近づけ、ちゅ、と軽い音を立てて唇が触れた。
「起こしたか」
「いいえ。でも、土方さんももう寝た方がいいですよ」
そうだな、と答えて、土方は山崎の隣に滑り込んだ。ふわりと苦い煙草の匂いがする。山崎は一度ぎゅっと目を閉じてそれを吸い込む。消すぞ、という言葉と同時に部屋の明かりが落とされた。山崎の隣で土方はしばらくごそごそと寝心地の良い位置を探していて、見つかったのか動きを止める。全身の力を抜いている。
眠りが浅い人なのに、どうしてかこの人は自分の隣ではよく眠るなあ、と思いながら山崎は土方の短い黒い髪を軽く引っ張った。
あの人は、もっと長かったな。長くて、ただでさえ片目も隠れているものだから、うまく表情が読み取れないのだ。何を考えているかわからない。その点この人はすぐに考えていることが表情に出るから、嬉しいのだな、とか、怒っているのだな、とかがすぐにわかる。殺気でさえ揺るがず真っ直ぐなのだ。光の中にある人なのだなあと山崎は思っている。
光の中にある人なのだなあ。自分はこれを殺さなくてはならない。いつになるかわからないが、いつかの未来には、そうしなければならないだろう。自分は、毒としてここに送り込まれているのだから、毒ならば毒らしくじわじわと内側から、腐敗させていかなければならない。
はずなのに。
「とおしろうさん」
小さな声で名前を呼ぶ。土方は少し目を開けて、それからちょっと笑って、山崎の手を緩く握った。それからまた目を閉じて、無防備に力を抜いて、眠りの世界へ行ってしまう。少しその体に近づけば、煙草の匂いがする。甘さがちっともない苦いだけの香りである。あの人とは違う。違う人なのだ。なのにどうして自分は間違えるのかな。山崎はきつく目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
どうして間違えるのかな。どうして好きになってしまったんだろう。
起こさないように、とおしろうさん、と名前を心の中で呼んだ。どうしてこんな、悲しさしか滲まないのにそれでも名前を呼びたいのかな。これを殺さなくてはならないなあ。
泣かないために深く呼吸をするのに、鼻孔を煙草の香りがくすぐって、少しも心が落ち着かない。悲しいくらいに愛しいのに、それでも自分はこの人を裏切るためだけにそばにいるのだと思ったら心が冷えて、縋るように、握った手に力を込めた。