これは秘密だわかったな、と上司は事あるごとに繰り返した。
キスをした後も言った。セックスの後には必ず言った。気まぐれに優しく髪を撫でたり抱きしめたりした後にもよく口にした。これは秘密だわかったな。時には俺の頬を平手で殴りながら言った。誰にも言うんじゃねえぞこんなこと、俺がお前にしてるだなんて。
言うわけないじゃん、という言葉をそのたびに俺は呑みこんで、わかりましたと従順に答えた。それで上司は一応安心したような顔をするので、まあ、それでよかった。
ある夜などは、とうとう上司は俺を抱きながら俺の首を軽く締めて締めながらいとおしそうにキスをして、そのうえで優しい声音を使い、囁くように、これは秘密だ、と言った。
誰にも言うんじゃねえぞ、と耳に吹き込まれそのまま耳たぶを甘噛みされた。このうえなくやさしく甘たるい仕草だったが、残念ながら俺はそこに少しの甘さも感じられなかった。
どうして秘密にしなきゃいけないんです。どうして誰かに知られてはならないのです。どうして知られることを怖がるんです。どうして抱いた後俺を殴るんです。どうして時折怯えたような顔をするんです。
俺のことを好きな上司は、俺のことを好きでいる自分自身を認めたくないのだ。と、気づいて絶望したのはいつだったろうか。もうあんまり遠いことのようで覚えていない。
こんなん好きにならせてごめんね。こんなん抱きたいとか思わせてごめんね。全部が俺のせいになって、それであんたが楽になるんなら俺は別にどうでもいいけど、ふたりの秘密も嬉しくないわけじゃないから、別にどうでもいいけど、でも、俺は普通にあんたのことが好きで、いつか好きだって言いたいんだよ。
思っているが口にはしない。秘密だぞ、と念を押されて、素直にはいとしか言えない。
あんたが俺のことをちゃんと好きになって、好きって言ってくれたら、俺もあんたのことを好きなんだと、告げてもいいですか。
他の誰にも言わないから、一生秘密にして見せるから、死んでも漏らしはしないから、俺のことを殺したいくらい好きなんだと、上司がさっさと認めてくれればいいのにな、と俺は今日も思っている。誰にも内緒の秘密なので、口にはせずに、思うだけ。
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