刀を持つ手がみっともなく震える。はじめて人を殺したときだってもっとしっかりしていたはずだ。握った刀の先は山崎の胸に向かってまっすぐのびている。吸い寄せられているように動かない。心臓の上だ。山崎が一歩前に進むか、土方が一歩前に進めば、おそらく山崎は死ぬだろう。
「副長」
苦笑交じりに、山崎が呼ぶ。少し震える刀の先を指先ですい、と動かして、正確に自分の心臓へ導く。
「痛いのはいやだから、一度できちんと殺してくださいね」
「……いやなのか。好きだと思ってたよ、俺は」
軽口を叩く。いつものようにくだらない応酬を続けていればこの悪夢は終わるのではないかと少し期待をする。
「おめえは、俺が殴っても蹴っても、俺についてきたじゃねえか」
「それは、痛いのが好きだからじゃなくてさあ」
馬鹿にするように山崎は笑う。真っ直ぐ土方を射抜く視線が鋭い。刀を握る手を少しでも下ろせば、山崎のその目に軽蔑の色が浮かぶ気がして、土方は動けない。
「俺は、土方さんのことが、好きですよ」
これから先も、ずうっと。
先などないくせにそんなことを言って笑った。
苦笑いでもなく、馬鹿にするような笑い方でもなく、うれしそうな顔だった。
「俺はあなたが好きだから、命が絶えても好きだから」

――――――だからあなたが俺を殺すんだ。


「……、…っ」
暗い部屋、黒い天井、闇に塗られた窓の外。見まわし土方は息をゆっくり吐く。吐いた後しばらく吸い方が分からず難儀をする。
背中が、着物が、布団が、じとりと汗で湿っている。額い浮かんだ汗を拭う。思い出した呼吸の仕方で、息を吸って、それから吐く。
もう一度辺りを見回す。
長めの黒い髪が枕から零れている。ぽてりとした唇は薄く開かれて、深い呼吸を繰り返している。
自分の手のすぐ近くに、指先がある。
土方は、覚え込むようにゆっくりと息をしながら、その指先を握り込んだ。
まるでそうして眠っていたかのように、それは土方の手の中にしっくりと馴染んだ。
「……山崎」
着物の下に、傷がある。首の裏にも傷がある。足の先にも傷がある。
傷はどんどん増えるだろう。消えない醜い跡だけが、数を増やして残るだろう。
(俺はあなたが好きだから、命が絶えても、好きだから。……)
「だから俺が、いつかお前を、殺すんだな」
指先を握り込む。その手がみっともなく震えている。暗い部屋が明るくなって天井が姿を見せて窓の外に光が刺せば、土方はまた山崎に、死にに行くよう命じるだろう。
目を閉じる。
あれは夢だ。いつか本当になる。
どうせ本当になるのなら、夢で山崎が願った通り、痛くないよう自分が殺せばいいのか。
歯を食いしばる。息の仕方を再び忘れる。震える手が握り込んだ指先が、とくとくと静かに、生きている音を響かせている。