指先からは煙草の匂いがする。髪にも服にも付いているそれは体臭と混ざり合って多分この世でひとつしかない匂いになっている。触れ合う舌も苦く、流し込まれる唾液にもきっとその成分は含まれている。体を犯していく液体だって同じような毒かも知れない。副流煙なんてもんじゃない。毒素ではなくまず匂いに殺されていく。息が出来ない。
全部終わった後副長は必ず煙草を吸った。
吸わなければ死ぬんじゃねえのかなとその姿を斜め後ろから見る。視界は横倒しになっている。倒れたままの俺を副長は見向きもしない。
煙草を吸わなきゃ死ぬのだったら、今ある煙草全部水に浸して使いものにならなくしてしまいたかった。世界中の煙草を火にくべ燃やしつくしてしまいたい。
視線で人が殺せたらいいのに。眼球に力を込めるような感覚で見つめる。それに気づいたのか、副長がちら、と後ろを振り向き、それから困ったような顔をして目を逸らした。
吸いさしの煙草を灰皿に押し付ける。
「山崎」
低い声で、呼んで、じりじりと近づいた副長が俺の顔を覗き込み、思わず目を逸らした俺の頬に指先でそっと触れた。煙草の匂いがする。また移る。消えなくなる。染み込んでいく。血の中にまで。
「山崎」
縛り付けるように呼んで、副長が俺の肌を優しく撫でる。熱のこもらない撫で方をするから俺は歯を食いしばれもしない。俺に触れなきゃこの人は死ぬんじゃないのか、とときどき思うことがあって、思うたび、触れられるのを拒めなくなる。
煙草の匂いが近い。顔を見ていたくなくて目を閉じる。唇にかさついた皮膚が触れる。押しつけられ、ついばまれる。
いっそ刺殺してくれればいいのにと思う強さで目をきつく瞑る。煙草の匂いが近い。涙が出そうだ。これが鼻につくたびに俺はこうして触れられることを思い出して死にたくなる。気持ちが悪い。怖い。それでも拒めない。
俺は刀がないと生きられない。俺は刀を捨てたくない。この人の傍でないと刀を握れない振るえない。世間的に、倫理的に、物理的に、精神的に。
副長の指が動いて、俺の手を探り当て、指を絡めるように手を握る。かさつく唇が耳に触れ、低い声が空気を震わす。
「悪い」
そんな言葉が欲しいんじゃないんだ謝るくらいならもうしないで。
こわくて、きもちがわるくて、なきそうで、思わず縋るように手を握り返した。少しその手が、震えている。どちらの震えだろう。わからない。
「好きだ」
低く、響く。
どちらの言葉だろう。わからない。