「お前がずっとそんな格好をしていれば俺はお前を殴らずにすむのに」
本当に悲しそうな声で土方が言った。酒に弱いくせに、時折こうしてひどく酔って帰ってくる。どうせ居酒屋で銀髪の男にでも会って、意地の張り合いをしたに違いないのだ。
自分の膝に無防備に頭を預けている土方の髪を、山崎は憐れみを込めて優しく梳いた。馬鹿な人。可哀想な人。
着物の上を土方の黒い髪が滑る。女物の華やかな着物に、黒い色はよく似合う。
「お前がずっとそうして、人を殺さず誰も騙さず、そうやっていれば、俺はお前に優しくしてやれる」
「でも、俺に人を殺せと言うのも騙せと言うのも、あなたでしょう。矛盾している」
「言わなくたって勝手にやるじゃねえか、お前は」
「あなたがそれを望むだろう、と思ってるからですよ。こんな格好をするのだって」
「俺のためか」
「そうですよ。でなければ、好き好んで誰が」
好き好んで誰が、好きでもない相手に触れられることを好むというのか。
自分の足に、腕に、肩に触れた手の感触を思い出して山崎は小さく身震いをした。
体は開かないのだからいいじゃないかと自分を宥めているけれど、本当はどうしたって気持ち悪い。どうせ触れられるのなら、よく知る煙草の匂いがする渇いた指先がいいし、かさついた薄い唇がいい。どうせ触れるのなら、柔らかい黒髪や、冷たい肌がいい。
きらきらと光る指先で、山崎は飽きずに土方の髪を撫でる。今は酒の匂いをさせている土方の指が、山崎の頬に伸びる。
「俺のためならなおさら、ずっとその格好でいろよ」
「はいはい」
「おい、こら」
「酔っぱらいのたわごとを、いちいち聞いてられませんよ。俺がずっとこんな格好でもいいんですか?」
「だからそう言ってる」
「本当に?」
「ああ」
「うそつき」
「何が」
「俺がずうっとこんな格好でいても、あんたは俺を殴りますよ。そしたら今よりもっと後悔するよ。女みたいな格好をしてる俺を殴りでもしたら、あんたは死ぬほど後悔する。だからやめておきなさい。普段の俺をいつも通り、好きに殴ればいいじゃありませんか」
どうせ殴るのだったら男の姿の方がマシでしょう。薄い笑みを浮かべて言う山崎に、土方は悲しそうな顔をして、それからそっと目を閉じる。
「俺は、お前が、好きだ」
細い声でそんなことを言う。山崎は目を細め、体をゆっくりと屈めて土方の唇にくちづけた。
紅色が、かさつく唇に移る。
「知ってますよ、そんなこと。可哀想なくらい、あなたは俺が、好きなんですよね」
少し考えるような間をおいて、うん、と小さく土方が言った。
本当は今こそ怒って殴るべきところなのにな、と、山崎は少し笑う。
山崎の膝の上で、土方は今にも眠ってしまいそうな無防備さを見せている。目元口元を美しく彩った山崎の顔をじっと見て、少し笑う。
「きれいだな」
殺してやりたい。
聞き取れないほど小さい声で、土方が言った。
ほらやっぱりあんたは俺がどんな格好でも殺してみたくてたまらないんでしょう。という言葉を山崎は飲みこんで、ただ薄く笑んだまま、土方の髪を梳き続けた。