※IN鬼兵隊

まだ、熱い血の感触が残っている。
手に付いて腕にかかって顔に飛んで口にも入った。気持ちが悪い、吐き気がする。何度も何度も口をゆすいで、それでも粘つく感触が消えない。血が付着した場所から自分が何か恐ろしい生き物に変質していってしまうような気がする。
執拗に手を洗い、最後にもう一度口を濯いで顔を上げた山崎は、鏡の中の高杉に気づいてびくりと体を震わせた。
高杉は口の端を上げ、機嫌がよさそうだ。顔の濡れた山崎に渇いたタオルをそっと手渡す、その動きが優しい。
「なかなか立派な働きだったじゃねえか」
言って、高杉の指が、山崎の頬を滑った。
山崎はからからに渇いた喉を潤したくて、何度も喉を上下させる。
「一太刀で頭から斬り込んだか。一発で仕留めたらしいな」
「……はい」
「怪我は?」
「……ありません」
「そうか」
山崎、と高杉がやさしく、やわらかく、甘さを含むような声で、呼んだ。その指が山崎の髪を滑り首の後ろを撫で、強張る体をそっと抱き寄せる。
されるがままに高杉の腕の中におさまった山崎は、しばらく躊躇った後、震える指で高杉の着物にすがった。
「お前、俺が好きか」
「はい」
「俺のことが、かわいそうか」
「……はい」
「俺のためなら、」
人を殺すことだって、厭わねえな?
鼓膜にその言葉を刻むような近さで、低く高杉が囁いた。山崎が答えるよりはやく、回された腕に力が込められ、山崎の体がしなる。
「お前は、俺をかわいそうだと言う。生意気に哀れんでいやがる。でも許してやろう。お前が、俺のために、俺の道具になるのなら、」
山崎を抱きしめていた腕から力が抜け、解放された山崎は少しよろめく。と、今度は高杉の手が山崎の顔に伸び、頬を撫で、山崎は高杉に耳を塞がれた。
世界の音が籠る。自分だけ遠くの世界にきてしまったようだ。
高杉が小さく何か言った。聞き取れなかった。
唇が近付く。山崎は目を閉じる。口の中にはまだ血が残っているようで、ねばついていて、気持ちが悪いし吐き気がする。
その唇に高杉がそっと触れ、舐め、離し、そうしてまた、囁いた。
「許してやろう、俺の傍に、いるんなら」
耳を塞がれているせいで、言葉は不鮮明で不明瞭で不確実だ。山崎は静かに目を伏せて、自分の音を奪っている高杉の手に手を添えた。震えている。自分の指だろうか、高杉の手だろうか。
「……傍にいます。俺はあなたが、好きなんだ」
舌を口の中でそっと動かす。まだ、血の味がしている。