やまざきやまざきやまざき! と、三度ほど子供のように大きな声で呼んだら、ばたばたっという足音が廊下に響いて、ひょっこりと山崎が顔を出した。困ったような顔をしている。
「なんですか、どうしたんですか」
「うん」
「うん、じゃねえですよ。俺今忙しいんですよ」
両腕に抱えた紙の束をこれ見よがしに抱えなおして、山崎はきゅっと眉根を寄せた。
「仕事は?」
「終わった」
「んなわけないでしょう。始末書、昨日までの期限のがまだ出てないって副長怒ってましたよ」
「俺の前でアイツの話はよせよ」
理不尽なことを言えば、山崎はすごく呆れたような顔をして、それから、
「じゃあ。局長が困ってましたよ」
沖田が言い逃れできないように言い換えた。
むっとして口を引き結んだ沖田に、山崎が軽い笑い声を立てる。高く澄んだ声だ。女子供の、鈴を転がすような、というのとは、またちょっと違う、遠くにある鐘がなっているような、不思議な音だ。
「で? どうしたんですか?」
子供にするように、首を傾げて山崎は沖田の顔を覗きこむ。その目が甘やかすように笑っているので、沖田は、嬉しいやら腹立たしいやらくすぐったいやらで、思わずその頭を軽くはたいた。
「った!」
「おめえちゃんと、帰ってきたら俺んとこ、寄れよ」
「はあ?」
「顔、見せろ、ちゃんと。出てくときに言ってけたァ言わねえけどさ。帰ってきたときくらい、顔見せたって、いいんじゃねえの」
頭をはたいたその手で、黒い髪を掻きまわすようにぐしゃぐしゃと撫でる。山崎は両腕に抱えた紙のせいでさしたる抵抗もできないのか、それとも、抵抗するつもりがないのか、困ったように眉を下げて、小さく笑った。
「はい、すいません。ただいま戻りました、沖田隊長」
「30点」
「えー」
「おら。ちゃんとしろって」
「……ただいま戻りました、総悟さん」
「よくできました」
にい、と笑ってもう一度髪を撫でてやれば、嬉しそうな、くすぐったそうな顔をする。
そのほころんだ唇にキスをしたいな、という欲求は、さすがに廊下なので我慢をする。部屋に呼んだら今晩、遊びに来るだろうか、と沖田は頭の中で帳面を捲った。明日山崎は、朝が早かったろうか。
そんな沖田の考えを知ってか知らずか、山崎はすっと沖田から体を離して、嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、
「じゃあまた、晩御飯のときにね」
言って、本当に忙しいのかどうなのか、くるりと踵を返して走り出してしまった。
あ、呼びとめたい。と思う間に、角を曲がって山崎の姿は消えてしまう。
キスは無理でも抱きしめときゃあ良かったな、と後悔をした沖田の耳に、
おきたさんおきたさんおきたさん!
三度、沖田が呼んだよりはさすがに小さく、それでも子供のような声で、鼓膜に届いた山崎の声。
「……どうした?」
ひょこ、と角から顔を覗かせれば、にこ、と笑った山崎が、声をひそめてこう言った。
「今晩、沖田さんとこに、遊びに行きますね。俺明日、朝、遅いんです、実は」

頬を染めて駆けだす山崎の手が、もし空いていたらきっと掴んで、引き寄せ強く抱きしめたのに!