まったくなんということだ!
想像もしていなかったことが起こってしまった。朝目が覚めたら世界の全てが変わっていた。どこにもかしこにも金が降ったのではと錯覚する程、眩いくらいに輝いていた。淀んでいると思っていた空気でさえ清く澄んでいるようだった。僕は胸いっぱいにその空気を吸い込み、そして少し咳き込んだ。冬の朝の空気は冷たかった。けれど清らで美しかった。僕は指の先の毛細血管まで清められたような気がした。
部屋の外へそっと出て冷たい廊下を素足で踏んだ。いつも靴下に包まれている柔な足はその冷たさに一瞬びくりとしたが、それもいつもよりは気にならなかった。むしろ、その冷たさによって自分の中の汚い物が少しずつ消えていくような気さえした。一歩、また一歩と進んでいく。いつもは右手に折れ洗面所に向かうところを左に折れて、人気のない廊下をまっすぐ歩く。向かう場所は決まっていた。僕は高鳴る胸を押さえつけ、いつも通りの呼吸をすることに懸命になった。ともすれば、笑いながら駆け出して行きたいような気分だったのだ。
見慣れた廊下もやはりきらきらと淡い光を放っていた。入り込んだ朝日が窓に反射してそう見えるのかもわからなかったが、僕にはどうも違う理由があるように思えた。一歩一歩と進むたび、その輝きが増していくような気がしたからだ。そうして僕の目的地からは、金色の粒子が零れ出るように滲んでいた。ほうら、やっぱりね。
まったくなんということだろう。笑い出したいくらいにおかしい。予想もしなかったことが起こってしまったのだ。目的地の前で僕はぴたりと足を止め、すっかり冷えて間隔の鈍くなった足の爪先をちょっと丸め、ゆっくりと深呼吸した。冷たい空気に喉が冷え、肺の辺りが少し痺れた。どきどきとうるさく鳴る心臓を押さえ付けるよう胸に手を当て、意を決して襖を開く。
薄暗い部屋の真ん中にきちんと敷かれた小さな布団。その中にもぐりこむようにして、深い眠りの中にいる人。
ああ、だめだ。どうしても口が緩んでしまう。踏み入った先の畳もやはり冷たかったが、僕にはそれが何より優しく僕を包んでくれる物のように思えた。気配を殺して一歩ずつ。布団の端から零れ出ている黒髪に、ああ、やっぱり笑ってしまう!
零れた髪の一房をつんと優しく引っ張れば、その髪の持ち主は小さく眠たそうな声を出した。起こしてごめんね。それでも僕は、今君の顔が見たいんだ。隠れてしまったその顔を覗くように布団の端を持ち上げれば、寒い空気が布団の中へと入り込み、布団の住人は眉根を寄せて、それからゆっくり目を開けた。
「……沖田さん?」
押さえ付けていたはずの心臓が大きく高鳴り止まらない。ほら、やっぱり間違いない。思いがけない事態になった。もう僕一人ではどうしようもない。緩む顔をそのままに、おはようと声をかけた。可愛い人はきょとんとして、それから優しく笑顔を見せる。
まったくなんということだ、僕は、恋をしてしまった!
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