「お正月に使ったものはこうやって燃やしてしまって神様に返すんですよ」
山崎は沖田に何かを教えるとき、決まって得意げな顔をする。
どうです俺こんなこと知ってるんですよ沖田さん知らないでしょう、という顔だ。
そうやって得意げに山崎が言うことの大半は、確かに沖田にとって初めての知識だから、素直にへえと感心してやることにしている。けれど、たとえば今回のように、山崎に教えられなくたって知っていることだってあるから、そういうときは、
「知ってる」
だからなに? という顔を作ってみることにしている。
そうすれば大抵、山崎の拗ねたような顔を見ることができるからだ。
「……何か、燃やすもんありますか」
拗ねた顔のまま、唇を尖らせて山崎がじっとりと言うので、思わず噴き出してしまったら、山崎の眉間には深い皺が刻まれた。
「もういいです」
「わ、ちょ、山崎、待てって」
「離して寒い。俺は火にあたりに行くんです」
「俺も行く」
「沖田さんはこたつにでも入ってれば」
「ひでェなあ。そんなこと言うなよ。傷つくぜ」
「知らない」
「やーまざきー」
縁側から庭へとん、と降りて、転がっていたつっかけを足に引っ掛ける。珍しく本気で拗ねた山崎の背中を追いかけながら、沖田はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
ぐしゃり。
入っていた紙が軽くつぶれる。引っ張り出して、山崎に見つからないようにこっそり開く。
山崎退殿、に当てた、手紙だ。差出人は沖田総悟。つまりは、いわゆる、ラブレター。
いい男は惚れた相手に文を送ると聞いたから、いっちょやってみるか! と意気込んだはいいけれど書いてみれば難しくちっとも言葉にならなかったし、渡す勇気も湧かなかった。上手な歌の一つだって捻りだせやしないから、へたくそな字で書かれたそれには簡素な言葉しか並んでいない。直球で、好きだ、という。それだけの。
それを書いているときの自分の気持ちを知っているから余計に、沖田はそれを山崎に渡すことができなかった。
「だってこええもんなあ」
「……え? 何かいいました?」
「なーんも。なあ山崎、俺も燃やすもん、ある」
「今? 持ってる?」
「持ってる持ってる」
「じゃあ入れてください。書き初め?」
「みたいなもん」
「ふうん」
山崎はそれ以上追及せず、はやく、と沖田を促す。うん、と答えて手元の紙を丁寧に折り、火の中に投げ込んだ。火が風に吹かれてゆらりと揺れ、火の粉が散る。あたたかい。
「書き初め入れた火が高く上ると、字が上手になるって言いますよ」
「へえ、そうなんだ」
「高く上がって神様に届くといいですね」
「……うん、そうだな」
本当は。
火にくべたそれを届けたい人は、腕の届く距離にいるのだけれども。
沖田は手を伸ばして、山崎の手を軽くひいた。いつの間に機嫌がなおったのか、山崎は軽く首を傾げただけで、大人しく沖田に引き寄せられる。
手を繋いでぎゅっと握る。じんわりぬくくてしあわせだ。山崎の体温が近い。
「寒ィなあ」
「寒いですねえ。部屋入ります?」
「いや、いい」
お前と一緒にいるよ、と続くはずの言葉は、何だかあからさますぎるような気がして言葉に出来なかった。
山崎はそんな沖田の気持ちなど知らず、手を大人しく繋がれたまま、晩御飯何かなあ、なんて呟いている。
火の粉が散って山崎の上に降り注げば、焼けた気持ちは山崎に届くのだろうか、と沖田は考えて、
(……火の粉がそんなに飛び散ったら、俺、)
守っちまいそうな気がするなァ。
山崎の手を軽く引いて風下へと移動しながら沖田は、小さく苦笑した。
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