穴があいているのだから当然そこから血は流れただろう。
体を、前と後ろからぎゅっと掴めば、勢いよく噴き出もしただろうか。
想像してみたら、それは結局、抱きしめるという行為だった。
ならば同じように自分も血塗れになったろうなと、ひどくどうでもいいことを土方は考えている。
「……ねえ、もう服着てもいいですか」
うんざりした、というような声を作って山崎は言った。
作っている声音だと知っているので土方は「もうちょっと」とだけ言って、飽きずに山崎の肌を撫ぜる。正確には、胸に残った傷跡を。
山崎は小さく溜息をついただけで、抵抗もしなかったし文句も言わなかったし怒ったりもしなかった。これで風邪をひいたとしても、きっと嘘のような文句だけで済んでしまうと、土方にはわかっていた。
山崎は従順だ。
土方の言うことに口答えはするし茶々はいれるし呆れても見せるし怒った振りもするけど、それはほとんど嘘だ。土方に向けられる否定的な感情は全て嘘だと言ってもいい。
山崎は従順だ。土方に対しての肯定ばかりでできている。
だから今、土方が、飽きずにもうすっかり塞がって白いだけの傷口を撫ぜていても逃げたりしないし、勢い余ってその傷口に唇を押し当てても、文句を言ったりしなかった。
ただ、興味本位で伸ばされた舌がその肌に触れた瞬間だけ「あ」と細い声をあげた。
「……痛かったか」
もう何度も繰り返した言葉を、何度目だろう、飽きずに繰り返す。そんな土方の髪に、遠慮がちに山崎の指が触れる。
「さあ。もう、わかりません」
「痛かったろう」
「そんなに、痛くはなかったでしょう。俺は傷よりもっと、違うところに意識を飛ばしていましたから」
「……そうか」
どこにだ、とは聞かなかった。聞かなくても土方には答えなんて分かりきっているからだ。山崎は、土方に対しての肯定で出来ている。
顔を上げた土方をやさしく見下ろすようにして、山崎が笑っていた。やわらかい顔をしている。これは苦痛に歪んだろうか。それとも本人が言うように、それどころでは、なかったのだろうか。
「ねえ、もう服、着ていいですか」
先ほどと同じことを山崎が言った。
その肩に、腕に、鳥肌が立っている。寒いのだろう。窓の外では雪が降っている。
「……もうちょっと」
甘える様に土方は、言って、再び白い醜い土方のために残った傷跡に、そっと唇を押し当てた。
山崎は逃げない。文句も言わない。今度は溜息もつかなかった。
ただ、あやすようにそっと、土方の髪を撫でている。
あまりにも従順で、ひどくやさしいので、もしかしたらこれは自分の作った都合のいい夢なんじゃないかという疑問を、土方は抱いている。
長い間、ずっと、抱いている。
あなたが言うならそうなのです、と、それすら山崎が肯定したら怖くて生きていかれないので、長い間ずっと、聞けないでいるのだけれど。