※IN鬼兵隊
まったく端から端まで嘘しかない手紙を書き終わって、山崎は溜息を吐きながら筆を置いた。墨の匂いを肺の奥深くまで吸い込む。悲しい。
今朝の朝食は焼き魚でしたと書いたけれど今朝は誰がリクエストしたのかめずらしく洋食だった。今日の江戸は晴れていましたと書いたけれどどちからと言えば曇っていたように思う。着物を買おうか迷っていますと書いたけれど、どちらかと言えば靴の方が欲しい。
しばらく、見回りが強化されて、取り締まりも厳しくなっていますよ。と、そういう内容だ。
そういう取り決めの上の手紙であって、山崎が山崎の日常を伝えるためのものではないから、これでいいはずだ。これを書いて、送って、そうすることが山崎に与えられた役割だ。
たとえ届いているのかどうか定かでなくとも。
まだ墨の乾かない手紙をぼんやりと眺める。これはきちんと、届いているだろうか。読まれているだろうか。文字の様子から自分の機嫌や体調や、気分や、そういったものを汲み取ってはくれないだろうか。汲み取れないかと、気にしてはくれないだろうか。
考える。目を閉じる。想像もつかない。そんなこと。
もう、涙も滲まなくなってしまった。
渇いたままの目を開き、抽斗の中からもう一枚紙を取り出す。筆に墨を含ませ、つ、と置く。どう書きだせばいいのか分からずそのままそうしていれば、薄い紙に墨色がじわりと広がった。
細く息を吸って、姿勢を正す。
墨の広がってしまった部分から少し筆を逸らし、置き、細く息を吐く。
お元気にしていらっしゃいますか。俺はそれなりに元気でやっています。江戸の空気はあまり良いとは言えませんが、今は京もさして違いはないでしょうか。まったく天人の文化というものは、ひとつも良いことをもたらしません。ただ、携帯電話に関しては、晋助さんもお持ちになったらいかがでしょうか。そうであれば俺はとても嬉しいのだけれど、こういうことを言えば、また生意気だと叱られてしまいますね。
今日は天気が少しどんよりとしていて、季節のせいもあり肌寒かったです。そろそろ紅葉がうつくしい季節ですね。京の紅葉を俺はまだ数えるほどしか見たことがないので、今年見れないことを、とても残念に思います。できれば晋助さんのお傍で、今年も紅葉を見たかったなあ。きっと歌をお詠みになるだろうから、それもお聞きしたかったです。
今はあまりよい時期ではありませんが、また何か大きなことがあれば、江戸へおいでになりますか。そのときはお会いできるでしょうか。俺はいつまでここにいればいいですか。晋助さんのところへ帰れますか。
あいたいです
ぼろ、と気付かないうちに膨れ上がっていた涙が重力に逆らえず落ち、出すあてのない手紙を滲ませた。
誰にも届けられない、見せることすら叶わない、細かくちぎって捨てなければならない、本当に何の意味もない手紙だ。
せめて出す先がわかればいいのに、本当に京にいるのかもわからないから、西の空に向かって思いを馳せても意味がない。
ぐしゃりと手紙を握りつぶし、山崎は唇を噛みしめる。
会いたいです、と、誰にも届かない言葉が止まらないことが苦しくて、会いたいです、とまだ泣いて思えることが、少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しいのだ。
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