傷が開いてしまった体を包帯で締めつけながら病院に帰れと言ったけれど山崎は聞かなかった。頑なに口をつぐんで返事だってしようとしない。すこしきつめに包帯を巻けば、眉根をぐっと寄せたけれど、呻き声ひとつあげなかった。
お願いだ声を出してくれ生きてるか死んでるかこれじゃわからねえじゃねえか。
言葉の代わりに煙を吐けば、山崎の視線がちらとこちらを向く。値踏みするような視線を向けて、それから目を伏せ、顔を伏せ、
「おかえりなさい」
小さな声でそう言った。
血の気の失せた白い体に白い包帯を巻き付けて、言いながら俺の手を取った。
「おかえりなさい、土方さん」
ぎゅう、ときつく、両手で片手を握られる。拘束されてしまって、灰皿を引き寄せることもできやしない。じりじりと煙草の先が灰になり、山崎の上に落ちやしないかと少し焦る。
無理に手を引いた。
山崎は顔をあげて悲しそうな顔をした。
平素よりもずっとその顔が青白かった。
ああこいつは本当に死にかけたのだと実感して何度目か胃の辺りが重たく冷えた。
「戻れ、病院」
「いやです」
「まだ傷塞がってねえんだろ。戻れ」
「いやです」
「山崎」
「いやだ」
「おい、聞き分けろ」
「絶対、やだ!」
珍しく子供のような声を出して山崎が腕を伸ばす。身構える間もなくその腕が首に巻き付き、不意を突かれてあっさり倒された。勢いに巻かれて灰皿が倒れ、細かな灰が空気に舞う。
きつくきつく抱きつくそれは、色艶のあるものではなかった。
子供が親にするような、癇癪に似たそれだった。
抱きしめあぐねる。傷に障りはしないだろうか。
「山崎」
「土方さんがいないのは嫌だ」
泣いているような声を出す。
しがみ付かれて顔が見えない。
「目が覚めて、土方さんがいないのは嫌だ。名前を呼んでも姿が見えないのは嫌だ。生きているか死んでいるか分からないのは嫌だ。俺は死ねばいいのか生きればいいのかそれが分からないのは嫌だ。屯所に帰ってきて土方さんがいないのは嫌だ。どこへ行ったかわからないのは嫌だ。どこへいけばいいのかわからないのは嫌だ!」
耳元にあたたかな水滴が落ちた。
自分が流した涙ではない。
だとすれば、泣いているのは山崎だ。
抱きしめたら傷に障るだろうか。痛むだろうか。苦しむだろうか。
躊躇いながら腕をまわして、白い体を抱きしめた。ゆっくりと力を入れ過ぎないように。それでも少し痛むのだろう、山崎は一瞬息を止め、それから深く吐息を吐いた。
安堵したようなそれだった。
「……あなたが死んでしまった後で、生き残るのは、もういやだ」
「死んでねえよ」
「当たり前です。許さない」
「俺だって許さねえよ。なあ、山崎」
「……なに」
「死装束なんざもう二度と俺の前で着るんじゃねえぞ。お前が死んだって報告を受けるのは一度で十分だ」
病院行けよ、ともう一度言えば、山崎はぐずって嫌がった。付いて行くからと宥めれば、離れないでと我儘を言った。
傷のせいできっと発熱をしているのだ。だからそんなことを言うのだ。きっとそうだ。
触れ合わせた唇は火傷するほど熱かった。
生きているのだと思ってきつく抱きしめた。山崎はやっと、小さく「いたい」と声をあげた。