大人の真似をすれば大人になれると思っていた時分があった。もうずっとずっと子供のときの話だ。
傍にいた大人の髪がやたらと長かったので髪を伸ばそうとしてみたがうっとうしくてすぐに切った。傍にいた大人がやたらとこっそり剣の修行をするので負けたくなくて必死で修業をするようになった。これは今でも続いている。
傍にいた大人が煙草を吸う人間だったので、そいつの留守中部屋にこっそり忍び込んで、真似をして吸ってみたことが、あった。
まず、上手く火がつかなかった。何度か無駄にライターを鳴らし、そういや吸いながらつけるんだっけとどこかのマンガで読んだことを思い出して、その通りにしてみた。やはり何度か無駄にライターは鳴ったが、ついた。ちょっと得意な気持ちになった。
けれどそのあとがひどかった。まず煙がうまく吸えない。表面だけなぞるようにしかできないのだ。これではだめだと思って思い切り吸えばすぐに咽た。不格好に咳き込んで、やはり、形ばかりしか吸えなかった。うまいとも思わなかった。ほとんど短くなっていない煙草を、短い煙草ばかりで溢れている灰皿に無理矢理押し込み、入ったときと同じようにこっそり部屋を出た。
そのあと外で吸った空気のすがすがしいことといったら、なかった。
自分は大人の真似ごとばっかりで大人になんてなれねえんだなあ、と絶望した日でも、あった。
「はは、ねえ、それ本当の話ですか」
「笑ってんじゃねえよ、本当の話だよ」
「だって、はは、ばかじゃん。マヨネーズはためしました?」
「あれは大人がするんじゃなくて馬鹿だからするんだってかしこい俺は知ってたから真似なんてしなかった」
山崎は大きな声をあげて笑って、腹に手をあて体をよじった。爆笑、というやつだ。
「ね、せめて、局長にしとけばよかったのに」
「近藤さんは大人っつうか、おっさんっぽかったからな、なんか……」
「それ、局長に聞かれたら、はは、泣いちゃいますよ、きっと」
目尻にたまった涙をぬぐって、山崎は息を整える。沖田さんすきだなあ、と愚行を賛辞するように言って、まだ少し涙の残った目で、ちらりと壁掛け時計を見た。
「あ。俺もう行かなきゃ」
「え」
「そろそろ副長帰ってくっから、報告しにいかなきゃ」
「まだいろよ」
「そういうわけにもいかんでしょう。沖田さんも、はやく仕事に戻りなさいね」
大人になりたいんでしょう、と笑いながら沖田の頭を撫でて、山崎は立ち上がる。そのままするりと部屋を出て、それきり。まだ行きたくないとか、そういうそぶりもなし。
一緒に住んでるんだしいつでも会えるんだしちょっと仕事中会えないくらいで何がどうということもないはずだけれど本当は。それでも。
「……真似しても、成り替われねえのかなあ」
あいつの真似をすればあいつになれるかも知れない、なんて、昔ほど切に思っているわけでもないけれど。沖田はそっと自分の机の引き出しを開けて、取り出した煙草に火をつけた。