寒さを堪えて膝を抱えて窓の外をじっと見ていた。耳を澄ます。足音だけをいち早く拾えるように極限まで神経を尖らせる。寒いところで少しも震えず気配をさせず物音を立てず身をひそめるのは得意だけれど、今日はそういうわけにはいかない。寒いのでちょっと笑えるくらいに肩が震える。はあ、と指先に息を吐きかける。仕方ない、だってこれは、仕事ではないのだ。
目を閉じて小さな音でも拾えるように鼓膜をめいっぱい緊張させている。もう大半の人間は寝静まった頃だから、鼓膜は何の音も拾わず、きーんと静寂が痛いほどだ。かち、と自分の歯が鳴る音。
鼓膜が破れるのではないかと思うくらいの寒い静けさを、不意に、かたりと小さな音が壊した。山崎は、窓の外を見つめていた視線をさっと動かし息を止め、気配を探って、「あ」小さく漏れる声とあがる口角。
立ち上がって部屋の入口へ駆け寄る。本当に小さく廊下が軋んで、襖があくより少し前、まるで自動ドアのようなタイミングでその襖を開けてやった。
「おかえりなさい、土方さん」
突然開いた襖と、そこから覗いた山崎の顔と、突然呼ばれた名前に面喰ったように動きを止めた土方は、ふう、と吐息をひとつ吐いて、山崎の頭に手を乗せる。
「馬鹿、風邪ひくぞ」
呆れたような言葉とともに一歩部屋へ踏み入った土方と部屋の中の山崎の距離が近づく。
寒い外の空気が残った土方の腕の中に山崎の体はあつらえたようにぴったり収まって、「ただいま」という低い音が、山崎の鼓膜を揺らした。息を吸い込む。冷たいけれど春の匂い。もう体は震えない。