女の格好をしている間は女のように振る舞うことを山崎は自分に許している。
鮮やかに色を乗せた爪の光る指で黒い髪をやわらかく掬い、そのまま指の合間から零す。抱きつくように腕を首に回し、甘えるように体を寄せる。空気が揺れて、甘い香りが滲んだ。それと、慣れた煙草の匂いが混ざる。
光る唇を渇いた唇にそっと寄せた。一度啄んで離せば、惜しむかのように啄み返される。ちゅ、とかわいらしい音。腰を抱き寄せられるので、力を抜いて体を預ける。
「どこにも行かないでくださいね」
うん、と返る声は少し笑っている。無骨な指が髪を梳く。
「ずうっと、どこにもいかないでくださいね」
殊更甘たるい声で囁く山崎に、笑い声でこたえた土方は、山崎の顎を指で掴み顔を覗きこんで、楽しそうに目を細めた。
「お前、本当に女みてえだな」
「ありがとうございます」
「おそろしいことに美人に見えるぜ。化粧はこええな」
「お気に召しました?」
「ああ、上手に俺好みだ。そんな恰好でそんなこと言われちゃ、たまんねえなあ」
笑いながら土方は山崎の頬に指を滑らせ耳を擽り軽くくちづけ、それからもう一度笑った。
「何でも喋っちまいたくなる。上出来だ」
ぽん、と褒めるように頭を撫でられ、山崎は睫毛を濃く伸ばし瞼を桃色で飾った目を細め、そのまま土方の胸に頬を寄せた。「ありがとうございます」とろけそうな声で言えば、「この調子で上手くやれよ」と言葉が返る。
「…好きです、十四郎さん」
心臓の音をとくりとくりと聞きながら囁く甘えた声に、土方が喉の奥で笑った。嘘のように受け止めて、それがおかしくて笑っているのだ。こんな格好をしているから、真実を知っている土方には、言葉が全部嘘に聞こえるのだろう。
それでいい。
それがいい。
「……ずうっと、どこにも、いかないでくださいね」
わざとらしく偽物を演じている間だけは、
(それが無理なら俺のことは、きっとどこへも置いていかないで)
嘘のふりで本当をねだっても許して。
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