生と死の境目は危うい。ただの概念だ、と思いもする。
宗教的な考えだ、とも。
沖田は神様を信じていない。神様が本当にいるのなら、美しく優しい姉ではなく、歪んでいて血生臭い自分こそを殺したろうと思うからだ。
姉は神様に愛されていたから早くに天に召されたのだという宗教家もあろうが、それは詭弁だ。
人にとって、生きること以上に素敵なことなどあるわけがない。
自分の我侭でもって人を自分の傍近くに無理やり連れ去るだなんて、もし神様がそういうことをするのであれば、ますます神様など信じる気になれない。
ただ、
(こいつが死んだら、俺は、生きていかれるだろうか)
そんなことを、考える。
見下ろすのは力なく横たわった体だ。死んでいるのでも弱っているのでもなく、ただ眠っているだけだ。
けれどその胸の辺りは傷ついていて、白い包帯が巻かれている。
この包帯をはがして傷口を思いっきり抉れば、多分すぐに死ぬだろう。
人の命はその程度のものだ。
(傷はきれいになったかな)
傷口から血を流しながら、あろうことか砂利の上を這いずったのだという。
砂利の上には血の道ができていたのだと。
細かな石や砂が傷口の中に入って、その上しばらくそのまま転がっていたものだから血も結構な量流れて、相当に大変だったのだとか。
ただ沖田がそれを知ったときには全てが終わった後だったので、実際のところどれほどひどい傷だったのかもわからない。
刀はきれいに貫通していたらしい。
沖田の知らない場所で、あと数センチ刀がずれていれば。
「……お前、死んでたんだなァ」
ぽつりとこぼした言葉にも山崎は目を開けなかった。
意識がないわけではないようだ。目を覚ますこともあるらしい。けれどそれは、決まって沖田がいないときだったので、沖田には山崎が死んでいるのか生きているのかわからない。
触れた頬はじんわりとぬくかったが思ったよりは冷たかった。
胸はかすかに上下しているが、じっと見なければそれとわからない。
それでも生きているのだと医者が言うから、そうなのだろう。
(こいつが死んでも、俺は、生きてゆかれるかもしれない)
生きているのか、死んでいるのか、その境目はひどく遠い。
自分の知らないところで起こったことなら、なおさらだ。
(握った手が、力をなくしていく感覚を俺は知っている。弱弱しくなって、最後にはただの物になるのだ。重たく、冷たい。かなしい。あれが死だというなら、)
自分の知らないところで死ぬのなら、それは死ではないのではないかと、沖田はぼんやり考えながら、ぱちっと瞬きをした。
まぶたに押し出された涙が頬を掠めてころりと落ちた。それはまっすぐ山崎の手の上に落ちて、けれどやはり山崎は、少しも目を覚まさなかった。
(死ぬなら、きっと、俺のいないところで死んで。俺にわからないように、死んでくれよ。そしたら俺は信じないから。ずっと、ずっと、信じないでいるから)
どこかで生きているのだろうと漠然と思うことができる。
あいつどうしてっかなァなどと口にしたりもするだろう。
その程度のことなのだ。
「……生きてる間は、俺のそばにいろよ」
自分の涙が濡らした山崎の手を手にとって、沖田は低くつぶやいた。喉の奥で押しつぶしたような、無様な声だった。
遠くにいられちゃわからないから、生きているならわかるように、傍に、いてくれないと。
(息ができても心臓が動いてても、俺はきっと、)
死んでしまうよ。