※325訓ネタ
全てを変えたあの日より幾分かしっかりとした長い指が、山崎の銜えていた煙草をそっと抜きとった。無造作に投げ捨て足で踏み消すので、山崎の方が慌てる。毛の長い絨毯は焦げ付き、当たり前に汚れてしまった。
「山崎」
あの日からあまり変わらない声で名前を呼ばれ、山崎はそっと目を伏せる。はい、と小さく返事をすれば、小さな声で笑われた、長い指が、山崎の頬に触れ、耳に触れ、首に触れ、引き寄せられる。
「……ん、」
重なった唇に声を漏らせば、再び小さな声で笑われた。吐息の混じる至近距離で「煙草くせえ」と文句を言われる。
「……すみません」
「ばァか、そこは、謝るとこじゃねえだろ」
沖田の腕が今度は山崎の体を引き寄せた。されるがまま、山崎はソファにゆったり腰掛ける沖田にまたがるような形で向きあう。口元に笑みを浮かべた沖田は、山崎の髪を柔らかく梳いた。
色素の薄くなってしまった髪。整えられたそれを、沖田の指がぐしゃぐしゃと乱していく。傷んで指に引っかかるその髪に、沖田が少し寂しそうな顔をした。
「お前の黒髪が、好きだったよ」
「……」
「さらさらで、やわらかくて、お前によく似合ってた」
寂しそうに笑って、沖田の手が山崎の額に触れ、目に触れ、頬に触れ、胸元を軽く撫でて、腕がするりと腰に巻き付く。ぎゅっと抱きつかれて、山崎は唇を引き結んだ。顔を肩口に押し当てられて、沖田の表情が見えない。
「…………ごめんな」
絞り出すような声だけ、山崎の耳に届いた。
ぎゅっと抱きつく腕の力がきつくなる。
二人で悪者になろうと、そう決めた。
誰に何を言われても、自分たちの大事なものだけは、自分たちの手で守りとおそうとそう決めた。
傍から見れば馬鹿げていることでも構わなかった。仕方がなかった。
「俺はただ、」
顔を隠してしまっている沖田の髪にそっと触れる。抱え込むような山崎の動きに、沖田が少し肩の力を抜くのが分かる。
「……ただ、あんたの傍にいたかっただけですよ。沖田さん」
うん、と子供のように頷いて、沖田はゆっくり顔をあげた。まだ少し、痛そうな顔をしている。口元にだけ、笑みを浮かべている。
(ごめんなさい、は、俺の台詞)
その頬を撫でながら、山崎は奥歯をきつく噛んだ。
山崎を抱きしめる沖田の腕が、手が、ほんの少し震えていることに、山崎は気付いている。
(そんな顔を、させたいわけじゃ、なかった)
痛いも苦しいも悲しいも、二人で分け合えば少しは楽になるだろうと思ったのに。
あの日より随分大人びた沖田の顔を覗きこんで、山崎は軽く目を伏せた。唇を啄む。沖田の手が後頭部に回り、引き寄せられる。
(謝ってほしいわけじゃ、なかったんだよ)
ただ、少しでも、本当に少しでも、傍にいることで、救われてくれればと。
それだけ叶えばよかったのに。
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