※326訓ネタ
妙な病気が江戸では流行っているという。向上心のある人間に寄生して、その人物に成り変わってしまうというのである。まったく面妖な病である。昔であればこんな奇怪な病気はきっとなかった。すべて天人が江戸の地に降り立ったことから始まったのである。
妙な病気にかかった人は、その本体を小指程の大きさに縮められ、成り変わられたその体に意識なくぶら下がっているというのである。
それは切り離したら死ぬのだろうか。
そんなことばかり、高杉は考えている。
小指程の大きさならば、籠の中で飼えるだろう。一日にほんの少しの食事と水を与えればいいだろう。取り憑かれている最中だから、意識はきっとないだろうか。少しは、目を開けたり、しないだろうか。
自分はきちんと飼えるだろうか。ずっと昔、村塾で飼っていた鳥を死なせてしまったことがあった。高杉が悪いのではなかった。けれど、餌も水もないのに気付いていて、餌をやらなければなあと思っていたのに、外で遊んですっかり忘れて家に帰ってしまったのだ。夜中に思い出し跳ね起きて、朝が来ると同時に教室へ行ったが、鳥はもう力なく倒れていた。いつから餌がなかったのだろうか。高杉は知らない。先生はその間江戸へ呼ばれていて、お戻りになったらきっと叱られる、と思ったが、先生は悲しい顔をしただけで、子供たちを責めなかった。
あんな風に、してしまうだろうか。
晋助、と傍らで同じようにぼんやりと映像を見ていた万斉が声を出した。
今は江戸へは降りぬ方が良さそうでござるな、と、渋面を作っている。
高杉は一瞬、呆れようか笑おうか少し迷って、それからやはり、笑って馬鹿にすることにした。
「馬鹿か、お前は。あんなのはなァ」
向上心のある者に取りつくのだという。
向上心を糧にして成長するのだという。
だとすればそれらはきっと、自分たちには一切の関係がないことだ。
向上心とは、未来に向かって、未来を作る気持ちだからだ。
自分たちの時間は止まっている。
理由は違うが皆それぞれ、ぴったり止まってしまっている。
万斉は一瞬呆けた顔をして、それから笑った。その通りでござる、という声が、渇いていた。
高杉は映像へ目を戻す。江戸の混乱が映っている。この中に彼はいるだろうか。何も考えてないように見えて強固な信念を持っていて、何もしていないように見えて陰でこっそり努力をしている、未来を見据える、彼は。
本人は意識を失っているだろうか。
それは切り離したら死ぬのだろうか。
そんなことばかり、高杉は考えている。
混乱の江戸を映し出す映像を見ながら頬杖をついでぼんやりと、宇宙の彼方から、思っている
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